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<レポート>第9回講座「農業の今-これからの私たちの生き方」

2013.03.16 | カテゴリー:講座の記録

第1部 堀内寿郎先生講演「日本の農業の現実」

記録者:曽我参作

堀内先生は1、はじめに、農業の特徴 2、いま、日本の農業は 3、日本の農業の現実、①化学肥料 ②農薬効果の選択性 ③遺伝子組み換え作物 4、まとめ という内容で話された。

1.はじめに、農業の特徴長野県の田んぼの40%は稲を作っていない。私が試験場に入ったS.30年後半頃は6万数千ヘクタールの水田があったが、今は3万3~4千ヘクタールしかない。多くは休耕地になっている。産業革命以後の技術は全てCO2を出すものばかりである。農林業は、空気中の0.03%のCO2を吸収する大きな働きがある。「カルチャー」は日本では「文化」と訳されているが「耕す」という意味もある。農業は自然があって、人間がかかわる協同作業である。私は「お天道様の言うことを聞かないと農業は成り立たない」とよく言っている。安曇平にふさわしい作物が、そこにふさわしい環境が整えられている中で栽培されている。自然と人間に影響して接点としてここの風土がある。最も影響を受けた中尾佐助氏の著作(岩波新書)の中に「農業は種を他所から持ってきて、そこの土地に合うものに作り変えられる。そのために畑や水田ができ、水路や集落ができ、祭りや社会制度など様々なものができた。このことを農耕文化複合と言っている。長野県の200万人の中で農業者は33000人位、S40年頃は4~50万人いた。

2.いま日本農業は 日本の穀物自給率は、牛、豚などの飼料も含めてH23年で28%。これは72%が飢え、28%が生き残るということ。カロリーの自給率でみると40%だが、牛乳,鶏卵などの80%は輸入の物で作られている。作付け面積では以前は600万ヘクタールでそのうち水田が330万ヘクタール、残りが畑だった。今は400万ヘクタール(作付け面積)に減っている。昔はよく行われていた二毛作も今はほとんどみられなくなった。(講演前に予告上映された映画に触れて)よく知られているラウンドアップという農薬は、モンサント社(アメリカで1901年に設立、世界46カ国に進出している多国籍 バイオ科学メーカー)が作ったものである。今ではモンサント社は作っておらず、品種改良の一本にしぼっている。「種」は大きい問題。日本での稲、麦、大豆などの品種改良は、主に公立の試験場で行い、野菜、花などは民間会社で行っていた。財政難ということもあり、農林省の技術屋さんが今後新たに出す品種はほとんど無くなるだろう。世界で一番作られていると思うリンゴのフジは、盛岡の試験場で生まれ、長野県の吉田さんたちが栽培してきた。今ではそのようなゆとりも無くなっている。育成者を守るという名目で「種苗法」というものがある。世界的にもある。20年間開発者に支払わなければならない。長野のシナノゴールドをイタリアで作ると長野県の収入なる。モンサント社は品種改良をして特許をとり保証金を得るというビジネスをどんどん広げている。

3.肥料と農薬について 日本は歴史的に水田を主体に発展させてきた国で、水田は特殊な農産物。連作障害が無く3000年近く作ってきている。しかし水田は水や平地がなければできない。わが国では限られた土地で栽培面積を広げることは難しい。それで面積を広げずに地力を高める、水温をあげる、害虫対策等など収穫量を上げる技術が発達してきた。一方ヨーロッパの農業をみると、小麦は3年同じところで作ると連作障害で収量が3~5割減る。だから栽培面積を拡張する方向に進んだ。収量を上げる技術は副次的なものとなった。日本の農地当たりの農薬使用量は世界一。最近はなるべく減らそうという動きになってきてはいるが。有機肥料で作物を作られている方も多いが、作物の根は有機肥料でも化学肥料でも硝酸やアンモニアにならなければ吸収できない。有機肥料は吸収までに時間がかかり、効き方もゆっくり。それだけにじっくり育ち、腐りにくいということがある。しかし有機肥料の多くは畜産の厩肥である。日本で作られている堆肥は、必要量の2倍あるといわれている。畜産農家は困って堆肥を野積みしている。その結果、地下水に滲みこんで酸化され硝酸が出てくるという問題もある。従って化学肥料を使わずに有機肥料だけで全てがうまくいくかということにはならない。

農薬について 日本の国民性として虫の食った野菜、色の悪い果物は売れないという問題がある。また品種改良作物にしても殺菌剤などの力を借りて選び出している。自然農法を行っている人も育種にまでは手が回っていない状況。波田の(財)自然農法国際研究開発センターでは幾つかの品種を作り登録しているが全体としては少ない。

現実には殺虫剤、殺菌剤無しで売れる農産物は作れない。またひとつは最近新しい害虫がどんどん増えていること。私の畑のトーモロコシにもオオタバコガが出てきていて防除ができず困っている。50年前にレイチェル・カーソンが「沈黙の春」という本を書き、ジョン・F・ケネディーが取り上げて話題になったが、レイチェル・カーソンや有吉佐和子さんが問題にした農薬は今ではほとんど残っていない。ボルドー液が残っている位かな。

今は24時間で分解するという農薬もでてきている。今日の昼までに消毒した野菜を、翌日の午後に出荷しても人間にはほとんど害の無い濃度になる農薬も幾つかある。安全性についての開発は、農薬を作る立場から言えば進んできている。なるべく農薬は減らそうという方向にはなっているが。

総合的病害虫管理、効果の選択性 総合的病害虫管理・IPM(Integrated Pest Management)は虫がどの位の割合で出てくるから、どういうふうに消毒をしなければいけないかを伝え、なるべく使う農薬を減らしましょうということ。こいうことが技術畑から出てきている。効果の選択性とは、例えば我々がお腹をこわした時、バクテリアに効くが人間には効かない薬をのんでいる。田んぼに撒く除草剤は、稲には効かないがヒエは枯れるという農薬。そういう選択性を重視している。医療でも同じ。癌に効く薬があるが、癌はその人自身だからなかなか癌だけをやっつけられない。副作用という難しい問題もある。

遺伝子組み換え作物 みなさんが食べている油の大部分は遺伝子組み換えの菜種油、大豆油、綿実油である。外国でつくられており日本では「遺伝子組み換え」とは書いていない。油は植物学的には遺伝子組み換えの影響が無いという理由。昔は交配していろいろ品種を作ってきた。コシヒカリはS.二十何年頃に農林1号と農林22号を掛け合わせて作った。長野県ではいまだに6~7割作っている。

モンサント社がラウンドアップをどのようにして作ったか。植物は葉で作ったデンプンと根から吸収した窒素をくっつけて必須アミノ酸を作る。その回路をラウンドアップは切ってしまうので枯れてしまう。モンサント社では、土の中の普通の回路とは違う回路で必須アミノ酸をつくるバクテリアを見つけた。その遺伝子を切り出してきて大豆、綿、菜種の中に入れて、薬剤をかけても枯れないものを作った。アメリカの8割以上のものがそうなっている。カナダ、ブラジルも。インシュリンは大腸菌にヒトの遺伝子を入れて作った。チーズにも何%かは牛の胃からつくった遺伝子組み換えのものが使われている。日本では許可されていないが、輸入品として入っている。ノーベル賞を受賞した山中教授のIPS細胞も一種の遺伝子組み換えでもある。いろいろ話してきたが、このような問題をどうしたらいいのか、逃げるわけにもいかない。我々は原発の電気をつかってしまっているわけだ。また例えばダイズでは2回農薬を使うところを1回で済むというメリットもある。そのあたりをどう考えるかこれからの問題でもある。時間もきているので後の質問や会場などで何でも質問して頂ければと思います。どうも有難うございました。

(ここで堀内先生の講演は終わり、司会の松本猛からの質問があった)

(松本)知らないことがたくさんあってびっくりしているのですが、世界でも農薬を減らす方向になっているのでしょうか?

(堀内先生)それは農業全般で抑える方向にはなっている。日本の場合、水田に投入するエネルギーの2~3割位しか米のエネルギーになっていない。投入エネルギーより生産エネルギーを上回っているのはインドだけである。なるべく化石燃料などの投入エネルギーを減らして自然エネルギーを使って生産量を上げていこうというようになってきている。その流れの中で技術屋さんは遺伝子組み換えを考えちゃっているわけです。

(松本)日本でもトーモロコシはほとんどが海外からのものだが、それで作られる肉などの安全性はどうなのでしょうか?

(堀内先生)以前にアメリカから輸入した除草剤をつかった牧草をペレットにしたものを食べていた牛の厩肥を施したトマトが異常生育したことがあって、はっきりしていたことなので日本では使わなくなったという状況もある。

(松本)まだまだお聞きしたいことは山ほどあるでしょが、第3部ではテーブルトークなども用意しており、その中で先生にも直接お聞きして頂ければと思います。先生には本当に有難うございました。

第2部 シンポジウム『土とともに生きる幸せー安心安全な食べ物を』

パネリスト/浅川拓郎、増田望三郎、竹内孝功 司会/松本猛

浅川拓郎さんの自己紹介

堀金地区の専業農家の3男として生まれ、大学卒業後2年間の研修を経て実家に就農する。栽培品目は米・麦・夏秋イチゴ・メロンなど。商品栽培農家として減農薬、有機農法にも積極的に取り組んでいます。遺伝子組み換え作物についても長所短所を見極められるよう勉強していきたい。

大学時代に外側からふるさとの安曇野のすばらしさを再認識したことで、米の商品化とともに安曇野のすばらしさを知ってもらいたい気持ちで実家就農を決意。大規模農家との差別化した米の商品を販売しながら安曇野のすばらしさを発信していきたい。

子供の頃は家の手伝いで友達と遊べないことがいやだったが、手伝いの後には両親がほめてくれた。家の役に立っていると思えてうれしかった。今も農業を通じて食料を提供することで人の役に立っている。そう思えることが日々の仕事の糧になっています。

三郷周辺の就農移住者の定着率が高いのは?外から来た人が農地を借りることは・・

小倉地区は農家そのものが減っていて危機感が強く、受け入れやすい土壌もあるのではないか。自分の住む堀金地区は比較的農家が元気なので、よそ者が・・的な空気があると思う。自分は地元農家の立場から、地元農家と外から来た人を繋ぐかけはしとしての役割になりたいと思う。

商品の販売について・・

需要が多様化している今、生産者も多様化(こだわり・高価~多量・安価)していいのではないか。低農薬・有機栽培作物は直売所でもエコファーマーの表示をして販売しているが、直売所では一般農家との兼ね合いもあり、価格に反映できないところは生産者として残念。 最後に・・社会が多様化していく中で、農業も多様であることを認め合い共存していけたらと思っています。(久保田稲子記)

増田望三郎さんの自己紹介

九州出身、東京から安曇野へ移住して9年目。

子どもが2歳になったとき、夫人から「根無し草の生活をやめて、しっかり地に足をつけて、生産しながら子育てをしたい」といわれる。「単なる田舎暮らしでいいのか?」と考え、10代後半から場を作るのが好きで、人と人の交流、出会える場として宿を開くことにいきつく。最初は6畳の庭に我が家の二十日大根の収穫に感動。現在は1町歩の地に米・麦・豆・ソバ・ブルーベリー・エゴマ・夏、冬野菜を生産し、100%自給自足。宿は5年目で今年度は1300泊。子ども連れの家族が多く、ジャガイモの収穫、焼き芋川遊びを体験。無農薬、無化学肥料の農産物を宿泊者にも実践。宿で8割、宿のイベントで1割、農で1割。生産の場を基本に、子育てをし、8年目になる米作りなどの農的生活と、コミュテイ宿を開き社会とかかわっていく、「半農半X」を実践。「半農半X」は半分を農的な暮らしをしながら、あとの半分は自分の特性を生かした、天職を組み合わせた生き方。

3年前、32人を紹介している「安曇野発 半農半X」の本を発行した。震災にあわれた方も移住して農的な生活をしておられる。米を作る人が増えると、幸せな人が増える。

安曇野ではなぜ定着率が高いのか?

安曇野には素人でもできるように誰かがサポートしてくれる、松村さんや津村さんたちが機械を貸してくれ、アドバイスをもらった。今年、忙しいためポットに種を巻き、移植した大根が、根がからんで2~3股になる。竹内さんに教えていただいた。9年目でも失敗。

休耕地は借りられるのか?

1町歩を松村さんに紹介してもらった。休耕地の話はしっかりした農業者に話があり、その人を通して紹介してもらう。どういう思いでやるのかをはっきりすれば、わかってもらえる。

これからやっていきたいことは?

1年目に米作りをして食事時、3歳の子どもが「この米はお父さんが作ったんだんね」と、一粒も残さずに食べた。自分は米作りも知らなかったが、父親からお百姓さんが作ったものを残さないようにと道徳的に教えられた。子どもは田んぼに向かう自分の姿から感じてくれた。この暮らしができて本当に良かった。このことが自分の米作りの原点になった。それから8年、2反5畝の田んぼに対し誠実でありたい。そしてどんなに忙しくてもこの原点を忘れない。多くのひとが安曇野に来て、この喜びを感じて欲しいと思う。(曽我恭子記)

竹内孝功さん発言要旨

自己紹介

長野市出身、安曇野市在住。大学在学中より無農薬家庭菜園に取り組んできた。自然食品店に勤めていたが、自分が作ったものと店で売られているものの違いや、飼っていた日本ミツバチの激減など、実践の現場から問題意識が高まった。また、元来、食べること、読むことが好きだが、福岡正信『自然農法 わら一本の革命』との出合いは大きかった。しゃべること、教えることも好きで、15年前に無農薬栽培・菜園教室を開設。現在、県内5、6ヶ所で教室を開きながら、自給自足の生活を送っている。

安曇野ではなぜ就農移住者の定着率が高いのか?

我々日本人はもともと9割方が就農していたのだし、農業をするうえで、技術的な問題は少ないはず。続けて行くために重要なことは、地域の人々とのコミュニケーション。挨拶(交流)を大切にすることが、サポートを得ることにつながる。

農業だけで生活は成り立っていけるのか?

5年目にしてなんとか食べられるようになったが、当初は、家庭教師などをして現金収入をまかなっていた。現在、我が家では、自分のところで食べる量の約3倍を作るようにしている。三分の一は現金収入のため、残りの三分の一は友人知人、家族などへ渡す。少なくとも食べることには困っていない。

最後に…

食べるものを育てることは難しくありません。自分で作ったものは美味しいし、“食”は“人”を中から“良”くすることにもなります。

第3部 テーブル・トーク

⑩菜園友の会

安曇野で健康に暮らせる幸せに感謝しながら、自然に親しみ、農的生活を楽しむ仲間の会。
1.自給力を高める/家庭菜園を充実させ、自分で食べる野菜は、できる限り自給する。2.美味しい野菜を作る・安全で安心出来る野菜作りは、有機栽培・無化学農薬・土づくりから学んでいます。3.食育教育・食文化の伝承など地域に根ざした活動の実践

⑨生産者と消費者の食を楽しむ結(ゆい)・バジルクラブ代表 鈴木達也

バジルクラブは私が新規就農するときに応援してくれた人たちがはじまりです。農業の経営の難しさは御承知の通りですが、その魅力もまた格別です。そこで、この魅惑の職業に夢を持つ人々。安心な食を求める人々。地域のために地域とともに歩みたい人々。子供たちの将来を豊かにしたい人々。などを循環型農業で結ぶことが現在の活動となっています。

⑧安曇野地球宿・増田望三郎(ますだぼうざぶろう)~パネリスト~

農的暮らしを実践しながら人が出会い心通わすことのできるコミュニティー宿を運営する。

⑦津村孝夫・寿美夫妻

アフリカ・ザンビアでの2年間の農業指導の後、独立した百姓になろうと選んだのが安曇野でした。無農薬無化学肥料での栽培にこだわり、農家として生きていく方法を模索しています。エゴマ・トマト・米が主な作物で、合鴨農法にも取り組んでいます。料理人の妻と共に、合鴨料理の店を開いて、新しい食の提案もしていきたいです。もっと多くの人が自給用の家庭菜園を作る輪が拡がれば、遊休農地は活かされるはず。農家としてそんなお手伝いができればと考えています。

⑥自給自足Life・竹内孝功(たけうちあつのり)~パネリスト~

自給自足Lifeを開業し、菜園教室「Azumino自給農スクール」などを開催する。自然農園コンサルト。

⑤おぐらやま農場・松村暁生(まつむらあきお)

42歳。11年前から新規就農の形で、安曇野市三郷小倉にて「おぐらやま農場」を営農。「自然が命を生かしている仕組み」を農業の形に応用した、「炭素循環農法」に取りくみながら、主にりんご・桃などの果樹、加工トマト・人参等の野菜を栽培・販売している。「ウーフ」という農業体験・田舎暮らし体験プログラムに、日本各地、世界各地から訪れる「ウーファー」さん達とともに農作業をし、生活する毎日。

④野菜のかけはし

3.11以降、空気・水・食の不安が広まったとき、その先も続く不穏な日々を送るにあたり、支えとなったのは、同じ想いを持った母親同士の繋がりでした。母も父も子供達も、なにも気にせずに、今まで通り、たくさんの野菜を食べて欲しい。福島から400km離れた安曇野の地より、同じ母親達から、安曇野の野菜を届けています。今年は、野菜作りを始めて、1品でも「かけはし野菜」を野菜セットに入れたいと活動しています。

③あづみののうか浅川・浅川拓郎 ~パネリスト~

堀金の専業農家の3男として生まれ、農産物を通じて安曇野の素晴らしさを伝えようと農業に励む。

②安曇野農業経営者の会

40名弱の会。独自活動として、農作物の病害虫勉強会や埼玉県三郷市産業フェスタへ林檎販売出店、農業にこだわらない地元密着活動として、三郷ふるさと夏祭りのポン菓子出店や地元北アルプス大滝山の登山道整備をした。また、「安曇野地球宿」と共催で大滝山への婚活登山「信州安曇野山コン!」の実施、「バジルクラブ」「チームみさとファーム」「津村夫妻」と三郷小学校5年生食育教育への参加、遊休荒廃農地の復活作業など他団体との協働も追求した。

参加した方の感想

 ・「素晴らしい内容で、これから人と人のつながりが増え、広がってゆく、いい会でした。ありがとうございました」

・「2013年度から池田町で米農家を始める予定でいます。今後、活動するにあたり、多くの情報を得ることができました。有機、または自然農にて栽培していくことを目標にしていますので、今後も参加していきたいと思いました。私は現在33歳であり、今回のパネリストの方々と同年代なので頑張っていきたいと思いました。ありがとうございました」(北安曇郡池田町 O)

・「若い農業者や目指す若者たちにがんばれと言いたいです。若い人と交流しながら、お互いに農的くらしが楽しくできればいいと思いました。ありがとうございました」(大町市八坂 Y)

・「今日はとてもいい会でした。新しい農の形で暮らしている人々の生の声を聞けてとてもよかったです」

・「とある食堂で、この講座のことを知りました。そのチラシを見たら、よくネットで見かける竹内さんの名前が目に入りました。それに松本さんの名前も。それで興味を持ってやってきました。私も今年農村に入り、作物を作り始めました。まだまだ試行錯誤中なので今回の話はすごく面白く、勉強になりました。モンサントもぜひ観たいです」(長野市大岡 M)

・「いい視点で開催された会だと思います。ありがとうございます。個人的にいつも思うのは“モノの価値>カネの価値” “命の価値>カネの価値”ここが共有できないと、良い環境になっていかないし、何を話し合っても意味がないと常々思っています。(松本市中央 K)

・「堀内先生の話、もっと聞きたいです」

・「農業の現場で苦労されてる内容から失敗談等、参考になりました」

・「大変に楽しい時間でした。北海道から移り住んで10ヶ月。あれこれ考えながら野菜を作ってきました。失敗ばかりでしたが、いろいろな課題がやっと見えてきました。来年は土作りに頑張ってみようと思います。また勉強しに来ます」(長野市大岡 M)

・「面白かった。また農のテーマで!」

・「農業の大変さ、厳しさ、そして何と楽しいかがひしひしと伝わってきました。農業に携わる若い方たちの頼もしさを稼働しながら、よいお話を聞かせていただきました。そして、テーブルトークは大変ためになり、疑問をいくらか解決し、興味深いお話がたくさん聞け、楽しかったです。ありがとうございました」

・「遺伝子組み換えの意味がよくわかり、勉強になりました。食の安全について、考える必要性を感じました」

・「1部は少し難しかった。3部構成はとても良かった。ありがとうございました」(安曇野市穂高有明 T)

・「若い世代の人たちが真正面から農業に向き合って、楽しく生き生きと農業に取り組んでおられる姿がとても新鮮で感動的でした。異なる年齢、異なる場、さまざまな考えの人が何を大切にして一致して生きていくのか、21世紀以降のあり方に希望を持つことができます。大変なことも多々あると思います。みんなで前に進んでいくことができるように思えました。ありがとうございます。

・子ども達の声が、時々、演壇の人の声を聞き取りにくくしていました。あえて、あの状態が会の主旨として考えられているのでしたら、そのお考えをお知らせください。そうではないであれば、今後、どのようにしていくのが望ましいか、親も含め、話し合ってみるとよいと思います。※子供たちの声がイヤだと言っているのではないこと、誤解のないように)」(T)

・「始めて三郷公民館を訪ねることができました。村の公民館としては立派な佇まい、安曇野で農業●●も若者の参加がこれからの農業、生き方など、たいへん刺激的な集まりになったと思います。いろんな自遊塾の●●は失礼してしまい、久しぶりの参加ですが、(すみません、あと、読解不能です)」(伊那郡松川町 Y)

・「私は安曇野市穂高にて友人たちと農業に携わっております。今後の日本の農業を考えた場合、避けられない問題を突きつけられた思いです。皆で話し合いを設けながら、また農業に関わっていけたらと思います。これから生きていく子ども達に残せるものは何か、考えさせられることばかりでした」(安曇野市穂高有明 K)

・「とても有意義なひとときでした。9つのテーブル、どれも魅力的でしたので、2つ回れるシステムだったら良かったです。ありがとうございました」(T)

・遺伝子組み換え食品の危険がよくわかった。生物の世界の多様性と不思議が面白い話題だった。(松本市島内 O)

・「農業について、今まで意識したことがなかったのですが、体に良く、美味しい作物を作っている農業の方々に感謝します」

・「今日はいろいろためになりました」(U)

・「本日は地元上伊那でいくつかの行事があったのですが、夫と一緒に思い切って参加しました。たくさんの事、学ぶことができ良かったです」(駒ヶ根市赤穂 K)

・「1部、2部、3部ともおもしろかったです」(安曇野市豊科 I)

・「当日参加でしたが、大変参考になりました。ありがとうございました」(S)

・「テーブルトークの場では②に参加しました。三郷ならではということで②のところで、りんご農家の方からいろいろなことを聞くことができて有意義でした。私は松本に住んでいますが、街中の農業(セロリ農家が多い)とも異なりますね。りんごについても青森の育て方、長野県内でも北信の中野や須坂との違いがわかって面白かったです」(松本市城東 S)

・「野菜作りを始め、食の問題にも関心を持つようになったところでの講座に参加でき、とても良かったです」(松本市深志 浅A)

・「いろいろな方が農業に関心を持っていらっしゃるんだなと思いました。農業者、そうでない方も是非頑張って心豊かな世の中にしてほしいです。私もがんばろうと思いました。ありがとうございました」

・「密度の高い内容で良かった。運営お疲れさまでした」(P)

・「安曇野エリアにこれほどの志の高い農関係者がいることに驚くとともに、同じ考え方や新しい発見で刺激になりました」(安曇野市三郷温 S)

・「いろいろと参考になりました」(松本市梓川 N)

・「農業とともに生きる、ということを考えさせられました。ありがとうございました」

・「とても中身が濃くて、いろいろ考えさせられました。ありがとうございました。若い方に農業(兼業も含め)がんばっていただきたいです」(松本市深志 A)

第9回講座に参加された方の懇親会の様子です。

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