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〈レポート〉第10回講座「私たちの医療はどうなる?」

2013.05.05 | カテゴリー:講座の記録

2012年度最後の講座は「医療」をテーマに、外科医という共通点を持ちながらも、私立病院・私設医院・公立病院という異なるステージに身を置き活躍されている3人の院長にそれぞれの視点から医療の現状と課題、独自の取り組みについて語っていただきました。

公立と私立・病院と医院、異なる立場の院長が垣根を越えて同じ講演の席に立ち、デイスカッションする貴重な機会となり、2時間半という時間の枠に納まりきれないほどの内容の濃い講座にすることができました。90人定員の会場が満席になり、医療に対する関心の高さを改めて実感しました。

 

信州自遊塾では引き続き重要なテーマとして取り組んでいきたいと考えています。

 I N D E X                   

□   講師プロフィール

□   【第1部】講演

   * 医療のアレ? コレ?  藤森病院院長 西牧 敬二

       ・私たちはどこで死ぬのか  ・本当に肥満はいけないのか  ・医療の官民格差

   * 在宅医療の現状と課題    杉山外科医院院長 杉山   敦

   * 患者さんと医療者が寄り添うためにー医療メディエーションの考え方―

    松本市立病院院長(旧波田総合病院) 高木 洋行

  □ 【第2部】  講師3名と松本猛塾長によるパネルディスカッション

  □ 中野名誉塾長による閉会挨拶

  □ 総   論

  □ 番外編 新年会員交流会リポート

 

講師プロフィール

藤森病院院長 西牧敬二

信州大学第一外科で血管外科を専攻、集中治療部講師として救急医療に関わった。

信州自遊塾講師・運営委員

 

杉山外科医院院長 杉山敦

食道がん・胃がん・大腸がんを長年にわたり研究。長野オリンピック選手村総合診療所副所長

信州大学医学部助教授歴任。著書『最新家庭医学大百科・癌の治療』ほか多数。

 

松本市立病院(旧波田総合病院)院長 高木洋行

患者さんと医療者の対話などに関わる医療メディエーションを研究中。

日本医療メディエーター理事、甲信越支部代表。専門は外科、特に乳がん。

 

【第1部】 講演

■  医療のアレ?コレ?                          藤森病院院長 西牧敬二 

<私たちはどこで死ぬのか>

超高齢化社会に向かう時代に重要なテーマとなる「私たちはどこで死ぬのか」について考察したい。日本の人口構造は2005年には高齢者を3人に1人で支えていたのが、少子高齢化が一層進行する2060年には1人を1.2人で支えることが想定される。高齢者の死亡する場所は、欧州諸国が自宅や施設での割合が高いのに対して、日本では8割以上の高齢者が病院で死亡していて自宅や施設で亡くなるケースはほとんどない。このままだと2030年には医療機関の病床不足で約47万人の団塊世代が「死に場所不足」に陥ることになるが、現状の対応では限界がきている。限られた病床の有効利用、意味のない延命治療の回避、医療と介護施設の再編や病院の役割分担等が対策として考えられているが、これらの効果には限りがあり、結局のところ「自宅」を死に場所として選ばざるを得ない場合が多くなるだろう。興味深いことに、長野県の在宅看取り率は20%と全国的に見てもトップレベルにある。

<本当に肥満はいけないのか>

体内にエネルギーを蓄えることが脂肪の代表的な役割である。肥満の指標であるBMIは日本では25以上・米国では30以上と定義されている。この違いは身長と体重で算出される数値のため体型による日米の差異と、BMI30以上の対象者が日本では極端に少なかったためと考えられる。男性の場合BMI27以上で死亡のリスクが高くなるが、注目すべきはBMI21以下においても死亡リスクが高まることである。中高年日本人では非常に低いBMIが、ガン全体の死亡や羅患のリスクを高めている結果が示されている。肥満が健康へのマイナス要因と強調されることが多いが、やせの健康への影響も配慮すべきだ。ここ数年BMIが増加すると合併症、死亡率が減るという報告が欧米を中心に増えていて、これも徐々に日本において報告されつつある。

<医療の官民格差>

自治体病院は地方自治体から年間約1兆円以上の補助金を受けているにも拘わらず、全体の約70%以上が経営赤字に陥っている。1事業あたりで比較すると病院事業に対する一般会計からの繰入金が突出しており、地方自治体の負担は大きく、財政面でいくつかの自治体病院の経営が危ぶまれていることは地域医療にとって大きな問題になっている。経営面においては自治体病院の経営体質は高コストであることが指摘されており、建設費、設備投資や人件費が民間病院に比べてはるかに高い。また、自治体病院の構造上、意思決定が複雑である。例えば、病院の予算・決算は地方自治体の他の事業と同様、議会の承認が必要であり、調達や工事等の契約は競争入札が行われる。この仕組み自体が高コストの一因になっているのではないか。

 

■    在宅医療の現状と課題                         杉山外科医院 杉山敦 

在宅医療とは看取るためだけの医療ではなく、生活の場に医療者が訪問して医療を提供することを指す言葉です。統計によると、高齢者や患者さんの6割以上の国民が「看取りも含めた病気療養はできるかぎり自宅で」と回答しています。西牧先生のお話の通り今後病院で看取りを行う状況には限界があり、在宅医療の国民のニーズの高まり、医療費削減の国策など様々な理由により在宅医療を推進していく必要があります。住み慣れた家で行われる安心と尊厳の医療というのが在宅医療の基本理念です。 在宅療養支援診療所(在宅医療)は当医院も含め全国で平成22年には12487件の届出がありますが、団塊世代が死亡していく今後は、都市部を中心に現行数では対応しきれない状況になり、今後しっかりした体制を取る必要に迫られています。この在宅療養支援診療所はいくつかのの要件を満たす必要がありますが、協力体制をとる病院や診療所とともに基本24時間往診、訪問介護を提供できる体制をとっています。

病院から在宅への移行は、患者さんや家族の希望、在宅療養の目的・治療・ケアの方針の共通理解、家庭の事情や経済状態などを確認しあった上で進めていきます。住み慣れた環境でできるだけ長く過ごしながら、適切な医療を提供するための取り組みについてお話します。

■在宅移行に向けた取り組み

○患者さんの生活を支える家族をささえるために(食事・排泄・睡眠・清潔など)
 行政や介護支援事業所(ケアマネージャー)・訪問看護・訪問介護・訪問リハビリテーション・
 福祉機器業者・デイサービス・訪問歯科・薬局などの多職種との連携協働が重要

○診療所の役割―― 情報の事前入手・家族との面談・ケアマネなどと方針を決定

○病院の役割―― 入院時からの患者さん・家族の希望の把握・早期からの在宅医の検討
              退院後のアプローチ(リハビリなど)・ 情報整理と在宅チームメンバーへの連絡
              再入院の受け入れ

■在宅医療での取り組み

○訪問診療・往診――多くの状況に対応できる装備の往診かばん(写真にて説明)

○身体機能低下に関連する寝たきり防止の対策――専門多職種と連携しながら進めていく

○床ずれ防止の対策と治療

○緩和治療・ケア――在宅で多くのことができる。病院にお願いすることを区別化して対応

※実施可能なすべての技術を使って治療するか否か。本人・家族の意向を尊重するが、一度始まった治療を止めることは法的に困難な場合がある。例えば認知症が進んだことにより食事が摂れなくなった方への胃瘻造設をすることには注意が必要。

○末期がんなどの場合、迅速な介護認定・介護サービスが得られるような手配が必要

○看取り――患者さんの身体的な変化や心構えなど、家族への説明をします。自然の経過による変化の場合に「救急車を呼ばないようにしましょう」は家族との大切な合意です。

病院医療と在宅医療のどちらを選ぶかはみなさんが選択できる時代になってきています。自分や家族がその局面になった時にどうするか何を選択するかが問われます。ただ、どちらか一つに絞る訳ではなく柔軟に考えて、はじめは病院と診療所の二股(ダブル主治医)でも構わない。病院と縁を切るのではなく「とりあえず家で過ごしてみる」という気持ちでスタートしてみてもいいのでないでしょうか。

 

■    患者さんと医療者が寄り添うために・・・医療メディエーションの考え方

  松本市立病院院長  高木洋行

聞きなれない言葉、メディエーションとは日本語に直訳すると「調停」。本日演題の医療メディエーションとは、患者さんと医療者が互いに良い関係を創るためのコミニュケーションスキルであり、必要に応じて中立第三者(メディエーター)のサポートを得ながら両者の関係を再構築していく考え方のことです。

元来、患者さんは健康を取りもどしたい。医療者はそのお手伝いをしたい。互いに同じ方向を向いているはずなのにちょっとしたすれ違いが大きな溝に発展してしまうことがあります。

ひとつの事実に対してのとらえ方はその人が生きてきた歴史、環境で様々に違うし、時代やマスコミによっても変化している。私たち医療者が患者さんの声に耳を傾け、その人のとらえ方を受け入れ共感することで、患者さん自身が自分自身の大切さに気づいて、「主体的に病気を治す意欲を持つ」その手助けをすることが医療メディエーションです。

しかし、現実には日々多くの患者さんの診察に追われ、ひとりの患者さんに使える時間は限られてしまう。そこでメディエーターという専門職のサポートを受けながら取り組みを実践していく必要があります。松本市立病院では<患者相談室>という専門の窓口を設けて医療メディエーションの実践をしています。

医療の不確実性―同じ症状でも病気の原因は様々、必ず正しい判断ができるわけではない。

判断を誤った場合、医者は謝罪することを躊躇してしまうが、責任の謝罪は共鳴・共感の謝罪の一部分にすぎない。共鳴・共感の謝罪と真摯な説明が患者さんとの関係改善と信頼関係を取り戻すために重要なことです。医療裁判で勝訴の確率は25%。勝訴しても結果に満足している人はごくわずか、医療者は残りの75%に目を向けなければならない。もっと早い段階で信頼関係を取り戻していれば無駄な裁判をしなくて済んだはず、互いにとっての大きな損失と不満足の結果は回避できたはずだ。メディエーションとは、人とより良い関係を創るために会社・家庭・人間関係あるところどこでも活用できる考えかたです。そのスキルを医療現場に応用した取り組みです。

最後に、西牧先生の「医療の官民格差」の講演の余談ですが、松本市立病院では国の交付金は受けていますが、松本市からの財政支援なしで黒字運営していますのでどうぞご安心ください。

 

【第2部】パネルディスカッション

パネラー: 西牧敬二院長 ・ 杉山敦院長 ・ 高木洋行院長

司会: 松本猛塾長

(松本塾長)

今日は、患者対ドクターという関係ではなく話せる特別な機会なので、言いにくい話、聞きにくい話なども遠慮なくさせてもらいます。どうぞよろしく。 昔は「医は人術である」という言葉があった。昨今では医者が都会の病院に集中して地方では医者不足の問題が起きている。医者としての使命より収入や暮らしの便利さを選んでいるようで残念に思う。

(西牧院長)

私が医学生だった当事は「医療の発展」=「技術向上」の時代でした。悪い言い方をすれば、医療の発展のために患者で「技術」を試すようなことが行われていた時代でもありました。

(杉山院長)

大学病院時代は、外科医としてほぼ手術室で仕事をしていました。その立場で話すと、医師は医学的知識と技術で人の役に立つことができます。若い医師を指導するときには「仁術」では家族や大事な人には勝てないから、知識をたかめ技術を磨いて患者さんの役に立つ医師になれとあえて話すようにしていました。

(高木院長)

医は人術-僕は「対術」だと思っている。対話・コミュニケーションは重要なポイント。医者個人も病院・医院も個人差がありひとくくりには語れないのではないか。

(松本塾長)

40年ほど前までは80%の患者は自宅にいながら通院・往診で治療していた。今は一旦入院するとなかなか家に帰れない、帰してもらえない・・・と聞くこともあるが。

(西牧院長)

「技術進歩による死亡率の減少」を目的とする医療はもう限界に来て、今は技術偏重主義から患者の心のケアに軸足を移しています。病院が地域に戻る時代なのかもしれない。

(高木院長)

国の政策によって流れは大きく変ります。超高齢化社会の2025年以降を考えると、これからは在宅や施設での医療の点数を加算することで推進していく流れになる。国の政策は予防医療にシフトしていて、禁煙治療・子宮頸がんやインフルエンザのワクチン接種などを保険治療の対象に組み込んできている。今の国の政策は医療費削減の方向を向いています。

(松本塾長)

人間ドックや検査の種類が多くて、不必要な検査までさせられているような気がする。高額な機械の元を取るというか、医療所の経営のために検査させられているような気がする。

(西牧院長)

経済成長に伴い、医療への投資も積極的に行われてきた。例えば、日本のCT/MRIの普及率は欧米と比較して2~3倍です。経営的には元を取るといわれてしまう部分もあるかもしれないが、設備の少ない医療所は患者さんが来ない、経営的に成り立たないという矛盾もある。

(松本塾長)

総合医療という言葉を耳にするが、医療として地域に根ざすとは?

(西牧院長)

地域医療の問題点のひとつに「専門医制度」があります。日本には専門医が多すぎるし、患者さんも専門医でないと診てもらおうとしない。その結果、田舎でもあらゆる専門医を置かねばならず医療所が乱立することになってしまった。その対策として今度は「総合医」という名の専門医を作ろうとしている。本末転倒のおかしなことになっている。

(杉山院長)

開業医や在宅医療をしているとあらゆるケースに対応しなければならず、必然的に総合医でなければならない。在宅医療は終末期だけをお世話するものでなく、住み慣れた家に医療者が訪問して提供される医療です。病気で寝たきりになって何年にもわたって療養される患者さんもいます。もちろんご病気の状態によって病院との連携も大事にしています。

(高木院長)

家庭医・かかりつけ医を持ってもらうことは病院の立場からは期待している。松本市立病院では「総合診療科」という名前の外来があるが、これは例えば、熱のある症状―どの科の治療が必要なのか原因を見極めるためのものです。病院・医院それぞれのポジションにおける役割が果たせるかどうかが大事なのでは。

(松本塾長)

日本人は長生きできるようになったが、身体は弱くなっているのではないか? 信州自遊塾は3.11以降の生き方を学び考える場ですが、医療者の立場から健康と長生きについてのお考えを。

(西牧院長)

「患者さんが長生きすること」はその人にとって本当に良いことなのであろうか?幸せなのであろうか?医療者側も真剣に考える時代になっていると思います。

(杉山院長)

ご自宅で医療を受けながら自分の生き方を全うすることは、患者さんにとって尊厳と生きがいにつながる大切なこと。そのお手伝いをしていくことが自分の仕事です。

(高木院長)

その人の想いを引き出していく、患者さんが主体で医療者はサポートする関わり。ほとんどの人は植物人間の状態を望んでいないにも拘わらず、家族や大事な人が実際そうなってしまうと1日でも長く生きていて欲しいという残された家族の想いとのギャップ。病気や死、大事な問題なので逆にみなさん一人一人が考えて欲しい。

(松本塾長)

三人の先生方のお話それぞれが考えさせられる問題でした。本当はもっと聞きたかったのですが、充分な時間が取れなかったのが残念です。本日は貴重なお話をありがとうございました。

閉会挨拶

中野名誉塾長から、世界最高齢者は男女ともに日本人であり、平均寿命ランキングでも日本はトップである。日本人が長生きするその理由は70年くらいの間戦争をしなかったからで、日本の長寿記録は平和がもたらした結果である。平和な日本を継続し、お金より命を大切にする世の中にしていかなければならない。と、穏やかな語り口調ながら熱く語っていただきました。

総論

加速する高齢化社会における医療の問題、医療費削減による国の政策転換や財政不足による地域中核病院の存続懸念、患者と医療者とのコミュニケーションや心のケアと、現代の医療が抱える課題を多岐にわたってお話いただきました。

これらの問題を背景に、医療は死亡率を減らす時代から患者や家族の選択にゆだねる時代へと移行している現状も知ることができました。「何を選択するか問われる時代」「ひとりひとりが考えて欲しい」先生方の言葉通り、私たちひとりひとりが責任を持って判断することを求められていると、再認識する機会となりました。参加者からは身近な問題として医療者とのコミュニケーションや老後の医療についての感想が多く寄せられました。

番外編 新年会員交流会リポート

第10回講座「私たちの医療はどうなる?」終了後の17:30から、松本市中央1の「トラットリア松本画廊」で会員交流会を開きました。会場には会員23人が集まり、料理やワインなどを楽しみながらの会話が弾みました。普段の講座では会員同士が交流する時間がなかなか持てませんが、この日は、自己紹介などを通して一歩深く知り合うことができ、それぞれの夢や信州自遊塾への思い、希望などを賑やかに語り合いました。


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