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<レポート>第3回講座-小旅行「カラマツストーブを囲んで信州の森を想う in 奥蓼科温泉郷」

2011.12.25 | カテゴリー:講座の記録

12月3日に開催した第3回講座で、諏訪自然塾塾長の清水馨さんのお話を聞きました。その概要やエクスカーションの感想、松本猛さんによる東山魁夷作「緑響く」の解説を記載しました。

レポート

(概要)

【奥蓼科高原の地理と歴史】

・八ヶ岳山麓にあり、火山活動による堆積台地のため、地質の内部はすき間の多い構造で、雨水をため込む「立体のダム」と言われている。

・標高1000mを越えるところに、古くから集落ができ、今も1万人以上が暮らす。

・冷涼な気候のため、別荘・ビーナスライン・ゴルフ場・ダムなどの開発と、それに反対する市民運動がが繰り返されてきた。

・縄文時代は黒曜石の搬出路として栄え、八ヶ岳山麓に日本の人口の1割が住んでいたと言われる。

 

【森林の問題】

・日本の森林は、ほとんどが人工林。明治以降、特に戦後、薪や建築材のために植林された。それによる災害の激増・過疎化と森林の荒廃・野生動物が住めずに里に下りてくる害が大きい。

・「経済林」とは別に、いろんな木が生えている自然林は、根も複雑に絡み合っていて、保水力が高い「保全林」が必要。

・海岸の「白砂青松」も自然破壊によってできたもので、津波にも弱い。昔は魚付林(魚の産卵・生育場所・沿岸漁場となる海岸近くの森林)が大切に守られていた。

・信州では、製糸業が日本の主力産業だった時代に、繭を煮るための薪が必要だったという事情もある。また、長野県や北海道などでは、成長が早いカラマツをたくさん植林した。

・ところが、薪も国産の建築材も需要が激減して、手入れもされず、成長が早い木が過密状態でひょろひょろと伸びた「ソーメン立ち」状態のため、根が張らず、保水力がなく、水害が起きやすくなっている。

・今の時代、重要な森林整備のため、田中県政時代から間伐に補助金が出るようになったが、危険で薄給のため、若い人が森の仕事に就かない。

 

【カラマツストーブ】

・カラマツの間伐を促進するために、カラマツの間伐材を高温高効率で活用できる薪ストーブを開発。

・普通の薪ストーブでは、燃えると高温になるカラマツはあまり燃やせない。それで、高温燃焼でき、着火してすぐ暖かくなるカラマツストーブを設計した。

・また、ヨーロッパの暖炉型の薪ストーブは、煙突から50%熱が逃げてしまう。登り窯のように横型にして5%しか逃げないようにし、構造もシンプルにしたため、外国の有名メーカーの薪ストーブより安い(本体23万、煙突や設置費を入れて50〜60万)。

・1台で、ビニールハウスの広い事務所でも十分暖まり、遠赤外線で餅がうまく焼けるなど、料理も美味しくできる。

 ・カラマツストーブの普及に、施工する工務店に代理店になってもらいながら力を入れている。

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御射鹿池と東山魁夷
松本 猛

奥蓼科の御射鹿池で画集を見せながら皆さんにお話したことを整理したレポートです。添付の絵と写真をご覧になりながら読んでください。

 東山魁夷の代表作の一つ「緑響く」は御射鹿池のスケッチを元に描かれました。御射鹿池は強酸性の水で底には特殊な黒っぽい藻が生えているので、水面の鏡面効果が強まっているといわれています。東山魁夷がそれを知っていたかどうかはわかりませんが、この絵では見事に木立が池に投影されています。 魁夷はこの作品を描くにあたってモーツァルトの「ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488」にインスピレーションを得たと語っています。背景の森がオーケストラの弦楽器の響きで、水辺を横に歩いてゆく白い馬が、ピアノの奏でる旋律だといいます。たしかに、森の木々は一本いっぽんよく似ているけれど微妙に違います。塊ごとにそれぞれの表情を見せています。第一ヴァイオリンも第二ヴァイオリンもヴィオラも似た音色でそれぞれのメロディーを弾きますが、演奏する一人ひとりの音色は微妙に違います。同じような木立がたくさん描かれることによって、森の持つおおきなエネルギーが見るものに伝わってくるようです。 魁夷は政治的な発言はしませんでしたが、自然を大切にしなければならないということはいろいろなところで語っています。原発の事故を起こしてしまった現代を予言したような言葉も残しています。「自然と私」というエッセイの一部ご紹介しましょう。「現代は文明の急激な進展が自然と人間、人間と人間との間のバランスを崩し、地上の全存在の生存の意義と尊さを見失う危険性が、ますます高まってきたことを感じる。(中略)清澄な自然と、素朴な人間性を大切にすることは、人間のデモーニッシュな暴走を制御する力の一つではないだろうか。人はもっと謙虚に自然を、風景を見つめるべきである」この思想があってこそ、多くに人々に共感される作品を描くことができたのでしょう。信州自遊塾の考え方にもつながるものでしょう。

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信州自遊塾第3回講座エクスカーションと諏訪自然塾との交流

12月3日(土)

(9:30) 松本を出ると暴風雨の如く強い雨に遭遇。やや不安な気持にさせられる中、11:00前に集合場所の諏訪のコンビニに着く。やがて参加者の13名が集まる。

(11:20)  諏訪自然塾事務局長の松本さん達の先導で、清水馨さんの「カラマツストーブ事務所」に行く。

(11:50) 清水さんの案内で「おのこそば家」着。各自の名札カードを作り、簡単に自己紹介をする。2種類の地元白ソバ、赤ソバの手打ち盛りソバを頂く。極上味にみんな、大満足の様子。珍しい赤ソバは少しモチモチ感があるとのこと。美味しさにつられてか、勿論ほぼ全員がお代わりをした。

(1:00) カラマツストーブをデンと据えた40畳位のビニールハウスの事務所で、清水さんの「諏訪の鬼門の地へ」と題するレクチュアーが始まった(詳細は他で紹介)。カラマツストーブの身体の芯からホクホクする遠赤外線の効果を実感しながら、これまでの種々の薪ストーブの欠点を克服したこのストーブの長所(焚き付けの早さ、掃除が少ない、高い熱効率、耐久性の高さ、低価格・・etc)を知る。何より微動だにしないそのシンプルな頑固さがとても素晴らしいと思った。何やら清水さんのお人柄を思わせるようで、独り合点する。

(3:20) 薪ステーションに移動し、全員で集合写真を撮る。

(3:45) 蓼科ダム計画跡地へ。跡地は40haという広大な「急傾斜地界」の火砕流堆積地帯(溶岩間に多くの隙間をつくり、自然の大貯水庫、緑のダムを形成)である。15年前に皆伐した土地になんと130種の草木が自然繁茂していた。自然の再生力に驚かされる。清水さんたちは、子どもたちの手作りの看板を設置したりして、一緒に不法投棄防止運動などを続けてきたことなどを淡々と話されていた。

(4:10) 御射鹿池に移動。この池は、日本のため池100選にも選ばれ、日本最高所の農業用水でもある。水は強酸性で魚は棲めないが、特殊なコケが生えて中和しているそうである。そのためとても美しい水色をしており、清水さんによれば夏の早朝、水面がきれいなブルーに輝き荘厳な風景が見られるとのこと。その風景に感銘し、絵画に表現した画家が東山魁夷である。そのことを松本猛さんが東山魁夷の図録を見せて、更に詳しく説明された。この池に魅せられた峯岸信州自遊塾事務局長は、「落葉松や 鹿鳴く池に 小雪舞ふ」と早速一句詠まれる。説明を受けたあと、改めて御射鹿池をみると夕暮れの中、木立が水面に写りなんとも魅せられる風情にしばらく見とれる。猛さんが魁夷はモーツアルトのピアノ曲を奏でながら描いたと話された意味がなんとなく想像できそうであった。

(4:50) 明治温泉着(2名帰られる)広間に全員集合。塩原俊環境会議諏訪会長さんの紹介、Kさんの手作りの干し柿をいただく。部屋割り。自由に入浴。

(6:00)  夕食。盛りだくさんの御馳走。まずは乾杯後、諏訪自然塾と信州自遊塾からの差し入れのそれぞれの銘酒で雰囲気も一層、盛り上がる。個性あふれる各人の自己紹介。それぞれのお人柄が出るお話に益々、和やかさが増す。二次会は三々五々と自由に歓談。また、Kさんの漬物を頂く。話しが尽きぬ様子のなか、ひとまず終了。

(9:00)  ロビーにて三次会。思いのままの話しが続く。11:30頃には、みなさん、部屋に引き上げ床に就いた模様。

12月4日

昨日とはうって変わっての快晴に恵まれる。 朝食前に朝風呂、昨日は音だけで姿を隠していた「おしどり隠しの滝」が湯船から見えて感激。明治温泉は「明治」時代にと思いきや江戸時代に発見され「明らかに」「治る」というところから命名されたとのこと。霊泉、鉄炭酸泉、25度の湯は、呑み助の胃腸にもよく効きそうに思える。

(7:30)  朝食。みなさん、食がすすむ。

(9:00) 玄関前集合。 ここで、諏訪自然塾の方たち、自遊塾の2人と別れる。 昨日、行けなかった場所で清水さん宅のある笹原区、白井出区へ。清水さんの説明を聴きながら散策。この地域は標高が1200m以上あり、1000m以上の集落としては日本最高所で人口は1万人程のこと。自然のままの溝や湧水の説明、厳しい環境のなかでも土地に根付いたしっかりした暮らしぶりをされてきたことを伺う。同じ目線で3000m級の御岳、乗鞍、穂高、八ヶ岳の冠雪した山々の絶景を一望できる場所である。晴れ上がった天気に感謝する。 森に入り、開発のためと日本の土地に会わないドイツトウヒを植林した現場や、熊の鋭い爪あとを教えていただく。平坦な地で間伐された森では40種類のきのこが自生しているとの説明に、中野先生が目を輝かせて早速、「きのこ汁」を食する会のプランを提案されていた。清水さんの奥さんも毒きのこを見分ける名人で、地元の方が絶えず持ち寄られるきのこの鑑定をされているそうだ。その後、清水さんの御自宅に立ち寄り、大きな赤松の自然のままに組んだ梁が支える、オール国産のすばらしい居宅を拝見する。ちょうど、100歳になられる御母堂が読書をされているのをみて皆で、大いに感動。建築に関わるこだわりのお話を聞いたり、無農薬の野菜畑などを案内していただく。なんとも広々した土地でのゆったりした生活をみせていただき、こころもほっこりする。

(11:20) 再び、カラマツストーブ事務所により、清水さんに感謝して解散。 猛さんたちは薪、中野先生はソバ粉を購入される。

(12:00) 自遊塾会員のTさん宅での「一日絵本喫茶」に参加。Tさんは、デザイナーで第2回講座の垂れ幕や看板の製作、第3回講座のチラシのデザインをしてくださった方。お父さんの読み聞かせの時間で、猛さんも、いわさきちひろ作「ゆきのひのおたんじょうび」とウクライナ民話の「てぶくろ」の2冊を優しく話しかけるようにこどもたちに語りかけられた。絵本の主人公のお誕生日が12月で5歳になる「ちいちゃん」と全く同じ女の子も一緒に、猛さんのおはなしに目を輝かせて聞いていた。

(1:00) 自由解散。

以上、本当に充実した2日間の第3回講座でした。清水さんの日々の生活を土台にしてどっしりと築かれてきた哲学を学んだようにおもいます。清水さんをはじめ諏訪自然塾のみなさまの心温かさに感謝して帰路につきました。

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日本の山岳高地民族“酋長”の手作りマップ
信州自遊塾名誉塾長 中野 和朗

諏訪の「山浦地域」には、すでに八ヶ岳に属する標高1000mを超す高地にいまも一万人以上の人々が暮らしているという。清水さんはここの住民を”山岳高地民族”と呼んでいる。ここに先祖代々から暮らし、この地域の風も空も土もすべてを自分の血とし、肉としている清水さんは、その風貌からしてもさしずめ山岳高地民族の“酋長”であった。“酋長”は手作りのマップを片手に現場で懇切丁寧にガイドをしてくださった。この水きよく風光明媚な地は繰り返し国家規模の「開発」侵略の標的にされ、その都度“民族”は、果敢に抵抗し大切な財産である風土と生活文化を守り通してきた。その戦跡が至る所に生々しく残っていた。“構造的暴力”である現代文明の洗礼を頑なに拒んできたこの地域を“酋長”の淡々とした説明を聞きながら探索する内に不思議な感慨に襲われた。私の幼少時代の懐かしい思い出が次々と甦ったが、この地の風土はまさしくあの「甲賀の郷」そのものだと判り、納得したのである。八ヶ岳や中山の噴火による火砕流が数万年の間に堆積して形成した広大な台地は、豊かな地下水の自然の水瓶(ダム)をつくり、至る所から湧水となって流れ出、それが網目のように“センゲ”(灌漑用水路)となってこの地域一帯を潤していた。特筆すべきは、この水と1200mの山岳地帯の風土に育まれた“山岳蕎麦”は、格別な甘さと風味・香りをもっていたことである。“山岳蕎麦”がここだけのオンリーワン蕎麦として押しも押されもしないブランド品となることを願うや切である。このような真っ当な理解ができたのは“酋長”手作りのご当地マップがあったからである。これはまことに驚くべき代物だった。細かな表示も地名もすべてが手書きであった。国土地理院のどんな詳細緻密な地図にもない独自の貴重な情報に満たされていた。それはこの地を熟知する人間が長い時間をかけて隅から隅まで足で探索し目で確かめて初めてできるものである。特に注目せずにいられなかったのは、「ツノハシバミ」とか「エゾノコリンゴ」とか「アオナシ」などの群生地が克明に記入されていたことである。私もかつて“縄張りの山”で茸の分布図を自己流で作る試みをしたことがあったので、それがどのようにして作られるかを知っていただけにその値打ちがよく分かるのである。あの地図で清水さんがどんなにこの山岳高地の風土と高地民族の生活と文化を愛しているかが痛いほどよく分かったのである。このような出会いと“不思議発見”を体験させてくれるのが「小旅行講座」のメリットなのであろう。これからもこのような企画を意欲的にすすめていただきたいものである。

 

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