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<レポート>新春特別講演「自然と子ども」・新年初顔合わせ

2012.02.14 | カテゴリー:講座の記録

 2012年2月5日 PM15:00 ~ 16:00 松本市中央公民館Mウイング3階3-2会議室で中野和朗名誉塾長による新春特別講演「自然と子ども」を行いました。会場には53人が詰めかけ、中野名誉塾長のユーモアを交えながらの熱い話に熱心に聞き入りました。参加者からは、「とてもわかりやすいお話しだったので引き込まれた」、「いいお話だった」などの感想が聞かれました。

講演終了後の17:30からは、会場を近くの女鳥羽ダイニング-SUJAKU- (松本市大手2-2-10 リバーサイド六九 1階)に移し、新春懇親会を開きました。東京や北信地方からも集まった会員35人が食事や飲み物を楽しみながら、思い思いに会話、賑やかに交流しました。自己紹介ではそれぞれの夢も披露。今後の自遊塾への期待も寄せられました。

 

 

 

 

 

レジュメ

 

「信州自遊塾」新春講座
「自然と子ども」-1-

人間と”人間モドキ”―“人間モドキ”にしないための子供の育て方-

大雪の朝、お婆さんが雪かきに難儀していました。通りかかった学生がツット寄って行って雪かきを手伝い、大通りまで道をあけるとお婆さんと笑顔を交わして去ってゆきました。何とも心和らぐ何気ない「助け合う」風景です。仲間と山歩きをしました。うっかりお茶のボトルを忘れました。一行は、一休みし、汗を拭き、喉を潤しました。ああボトルを忘れるとは、と後悔していると「もしよかったらどうぞ」とお隣からお茶のボトルが差し出されました。有難くいただいて元気を回復できました。身の回りで当たり前のさり気ない「分かち合う」風景です。この「分かち合い」「助け合う」ことが、じつは人間(ホモサピエンス)を他の動物と区別する人間の特性(本性)だそうです。

20万年前ホモサピエンスは地球上に出現したといわれます。生き延びることができたのは、①集団で生きる②いのちを大切にする③助け合う④分け合う、ことができたからだそうです。これが人間の人間である特性です。「元始女性は太陽であった」といわれます。いのちを産み育む女性が群れの中心だった社会です。それは「分け合い、助け合う社会(共同平等の原始共産制社会)」でした。つまり「真正のホモサピエンス(HSと略記)」ばかりだったのです。やがて余剰物資ができることでそれを「所有」し、「管理」する者がでてきます。それは必然力の強い男性が担うことになりました。こうして男たちは「物(財産)」を占有し、「争い合い、奪い合う」ようになりました。それはホモサピエンスの本性とは相反する性質です。こうして「真正HS」の亜種である「HSモドキ」が現われました。「HSモドキ」は群れの強者であった男性が、勝者となり、必然、「真正HS」は弱者、敗者の立場になりました。「HSモドキ」は覇権争いを繰り返しました。歴史上のすべての「変」、「合戦」、「戦争」がそれです。「真正HS」と「HSモドキ」の力関係の格差は時代とともに拡大し、21世紀のいま格差は最大になり「HSモドキ」の絶頂期を迎えています。

現在対立的な社会の流れをこのような視点から考察すると、すべて「真正HS」と「HSモドキ」の対立の構図となっていることがはっきりしてきます。

「真正HS」:「助け合う」-「分け合う」-「経済成長」よりも「命」優先-「平和」を願うー「第九条」を守る-「核兵器」廃棄-「格差」是正-反「原発」-

「HSモドキ」:「競い争い合う」-「奪い合う・独り占めし合う」-「優勝劣敗の競争」を是とする-「経済成長」優先―「軍事力が平和を守る」-「第九条」無くす-「核兵器」容認-「格差」容認―「原発」推進

21世紀は「真正HS」復活(ルネッサンス)期です。「真正HS」だけが幸せな社会を作ることができます。そうするためには子供たちをみな「真正HS」に育てることです。「真正HS」の本性「分かち合う」「助け合う」を身に着けさせることです。雪かきの手伝いが何気なくでき、お茶のボトルをさりげなく「分かち合える」人間を育てることです。

 

「信州自遊塾」新春講座
「自然と子ども」-2-

人の世には悪人と善人がいます。戦争をすすめる人間と戦争に反対する人間、核兵器を容認する人間と核兵器を即廃棄を求める人間、原発を推進する人間と原発廃止を求める人間、つまり本当の人間と姿かたちは似ていても人間でない“人間モドキ”がいます。21世紀を人間がもっとも成熟した時代だと錯覚しがちですが、現実の人間のやっていることをしっかり観察すると、人類史ではまだまだ野蛮で未熟な成長途上の段階にすぎないことがよく分かります。人類はいまなお類同士で殺し合いを続けています。労り助け合うことよりも競い争うことを社会の規範にしています。人間のいのちを慈しみ育ててくれている自然をますます横暴に破壊し続けています。ホモ・サピエンスは、いずれ眼が覚めてこれではいけないと生き方を改めるに違いないでしょうが、手遅れにならないようにしなければいけません。21世紀は真正人間と“人間モドキ”が鎬をけずっていますが、未来を託す子どもたちを“人間モドキ”にしないようにしなければなりません。人間社会の進歩・発展というのは“真正人間”が増え“人間モドキ”が減ってゆくことだと言うこともできます。

“人間モドキ”が育成される土壌は「新自由主義」社会です。「弱肉強食の生存競争」を原理とする「資本主義(自由市場経済体制)」です。「産業革命」に端を発しているこの体制も長年その歴史的役割を担ってきて、すでに“賞味期限”切れになっているにもかかわらず内容の表示偽装や賞味期限偽装でしぶとく生き延びています。でも、ぼつぼつアウフヘーベン(止揚)する時期です。

「市場経済」の競争原理は社会体制の隅々にまで浸透しています。教育体制にもしっかりと行き渡っています。家庭の子育て、躾の基本もこの原理に規定されています。それは子供、生徒の成績優先、成績による序列化(相対評価)に具体化されています。社会にでれば人間は商品化されます。市場経済の価値基準で序列化されます。この序列化のなかで知らず知らずの内に“人間モドキ”化が進められます。“モドキ度”が高くなければ序列上位に位置することはできません。つまり、市場経済体制そのものが“人間モドキ”養成母胎になっているのです。“人間モドキ”をつくらないためにはこの“モドキ養成母胎”を変える必要があります。なぜいま「自然と子供」なのか?自然の中には市場経済社会の競争原理とは全く違う「共同・共生」の原理(摂理)が作用しています。それを体験し、認識することで“モドキ”化を予防し、真正人間育成が期待されるからです。さまざまな形でそれを実践している例がいくつもあることは未来への希望です。

①響育の山里「くじら雲」(明科の野外保育所)②青木村の児童センターの活動 ③読書の森 読(ど)りーむinちの」の「ブックスタート」運動 ④「アファンの森」(信濃町)⑤「いきものみっけファームin松本」⑥「遊び場づくりを夢見る会」(小布施町・長野市・須坂市)⑦「信州ビオトープの会」(松本市)

可及的速やかに真正人間を多数にし、人間モドキをいつまでものさばらせていてはいけません。私たちも“人間モドキ”になっていないか日々厳格な自己点検をする必要があるかもしれません。

(写真提供:田村恵子さん)

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