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〈レポート〉第32回講座「ドイツから学ぼう」第4回「環境・自然エネルギー・原発」

2018.12.21 | カテゴリー:講座の記録

【2018年11月23日(日) 松本市大手公民館】
「ドイツから学ぼう」をメインテーマとした2018年の講座。最終回の今回は日独の比較に当たっては外せない「環境・自然エネルギー・原発」がテーマ。環境先進国ドイツの事例から学び、日本の今後のエネルギーの在り方について考える機会にしたいと開催しました。今回も89名という多くの方に参加頂きました。

第1部 基調講演

今回は第1部のメインスピーカーとして、立命館大学教授のラウパッハ・スミヤ ヨーク先生にお越しいただきました。
ドイツ出身のラウパッハ先生は1990年に来日、外資系企業の社員、役員を経て滋賀県の日本企業の社長まで勤めた企業人出身者。2013年から同大学経営学部教授として国際経営、国際産業論を担当されています。
特に再生可能エネルギーと地域エネルギー事業では日本国内の第一人者で、㈳日本シュタットベルケネットワークの代表理事も勤めておられます。今回、先生には「ドイツにおけるエネルギー政策 その経緯と日本との違い」と題してお話し頂きました。

ドイツの環境政策(Energie Wende)とは

ドイツのエネルギー政策は包括的な社会環境政策の一つとして考えられている。そのエネルギー政策の中に、再生エネルギーの活用や地域の経済活性化、イノベーション等がある。日本で良く話題になる原発廃止はその一つに過ぎない。
忘れがちであるが一番大切なことは、エネルギーを使わないこと。もしくはエネルギーを有効に使うこと。

原発廃止決定までの経緯

ドイツが原発廃止に舵を切ることになった大きなトピックスは3つ。
①1986年のチェルノブイリ原発事故が一番大きい。
②その後、1998-2005の社会党と緑の党の連立政権が推し進めたこと。
③そして極め付けは2011年の福島原発事故。先進国の日本でも事故が起きてしまったことに大きな衝撃が走った。

福島の事故がドイツ国民にとって衝撃であったことは間違いないが、ドイツが脱原発を決めたのは2000年。その際、併せて再生可能エネルギーも推し進めた。固定買取法がスタートしたことで、投資家が安心してエネルギー事業に投資できる環境が出来た。
2005年から首相に就いているメルケルは2010年に脱原発の期限延期を決めたが、物理学者出身の彼女にも福島事故は大きな衝撃だった。福島事故をきっかけにドイツは原発廃炉の期限を2022年に早めた。

エネルギー政策に見る日独の違い

日本政府は原子力を引き続き国の重要なベースロード電源と位置付けている。ドイツは2000年の時点で将来的廃止を決めている。
将来の削減目標を決めるに当たり、日本は現在の技術力から判断して現実的な数値を設定する(積上げ方式)。ドイツはあるべき姿をまず設定し、その後それに至るための方策を考える。日本は目標に対する達成意識が低い。

日本では原発に反対するのは左派のイメージがあるが、ドイツでは違う。保守系の人々も原発に反対してきた。また緑の党(左派系)出身者が多く市区村長を務め、行政に関わってきたこともある。

原発を保有する限りリスクはゼロにならない。残るリスクを社会として負うべきかどうかは極めて倫理的な課題であり、ドイツはこれを国民に負わすべきではないと判断した。日本では原発の問題は経済的観点でしか語られていない。
ドイツ人は意見の相違があってもディベートを通じて解決を図る土壌がある、日本にはそれが無いと感じる。
日本のエネルギー政策転換を政府に求めるのは現実的ではない。自治体レベルから変えていくしかないと感じる。

ドイツのエネルギー政策の推移と考え方

京都議定書(1997年)を機に温室効果ガス削減の機運が高まった。2050年までに一次エネルギー(石炭・石油等)の使用を半減させることを決定。日本と違い、エネルギー転換政策を負担と捉えるのではなく、23万人の雇用創出の機会と捉えたり、自給率を上げることで安全保障上のリスク低減に資すると考えている。

ドイツの固定価格買取法は補助金とは違う。再生可能エネルギー普及に伴うコストは電気料金に上乗せされることで国民が負っている。同法が奏功し再生可能エネルギーのコストは下がり、今や石油や石炭エネルギーよりも安くなった。
再生可能エネルギーは発電量が時間によって大きく変動する。この発電力を効率よく社会に組み込む仕組みが必要(市場統合)。2016年に固定買取法が改正され、エネルギーの入札制度が導入された。国は一定価格以上の値段が付かなかった場合のみ補助をする。

ドイツの再生可能エネルギー需給の現状

再生可能エネルギーの中では陸上風力発電(13.3%)が一番多く、バイオマス(7.9%)が続く。フランスから原発電力を買っているとの報道があるが、事実ではない。むしろ輸出しているぐらい。

シュタットベルケ(自治体所有の公営エネルギー企業)がどの地区にもあり、稼いだ利益は地元に還元される。
ライン川沿いのある町(人口10万人)は風力を中心に発電し、その自給率は300%。温室ガス排出もゼロであり、時代の先端を行っている。ミュンヘン市も2025年までに市内で消費する電力を再生エネルギーのみにすると宣言している。

第2部 トークセッション

パネリスト:信州大学准教授の茅野恒秀さん・NPO法人上田市民エネルギー理事の合原亮一さん・ラウパッハさん コーディネーター:松本猛塾長

茅野さん

日本と長野県の自然エネルギーの現状などをご説明頂きました。

  • 日本はドイツから10年遅れて再生可能エネルギーの固定価格買取制度を始めた。
  • 太陽光発電が日本各地で増加。他のエネルギー源は地域により特徴があり、長野県は風力がほぼゼロで、水力が多い。
  • 長野県の太陽光発電は、メガソーラー(山林を伐採して太陽光にしたら意味がない)は少なく、中・小規模が多い。森林を活用したバイオマスも盛ん。
  • 電力会社を地域で作ることは、塩尻で計画されている。
  • 長野県には原発はなく、大規模水力を含む自然エネルギーによる自給率が90%の環境先進県で、最近は世田谷区など都会に電気を直接売ること(電気の「産地直売」)も始めている。
  • 安曇野市の「里山再生計画」では、松枯れが懸念されるアカマツ材を薪に加工し、「しゃくなげの湯」に薪ボイラーを導入して利用している。
  • 日本は人口当たりの薪の生産量が、世界的にみて非常に少ない(ドイツの1/100・韓国の1/50)

合原さん

民間の実践者の立場で、成功している事例や、そのためのご苦労などをお話し頂きました。

  • 経歴:チェルノブイリの事故の時日本初の「原発事故サバイバルハンドブック」執筆。海外に移住した後、有機農業を始めるため上田市に移住。
  • 相乗りくん」:太陽光パネルを他人の屋根に設置すると補助金の対象外になるし、規制が多い→「市民信託≒エネルギー協同組合」という方法を確立した。
  • 山林破壊のメガソーラーより、農地を活用するソーラーシェアリング(稲もちゃんと育ち、収量の差は6%のみ)

ラウパッハさん

  • シュタットベルケ:電力・水道・ゴミ処理・交通などのインフラを供給する地方自治体による企業。全ドイツで1400社有り、売電の6割のシェア
  • 日本も戦前は「松本電灯」等があった → 中部電力の寡占化になったのは戦時統制の時からなので、元に戻せるのでは(茅野)
  • 長野県の公営のダムによる水力発電は、今は電力会社に売っている→地域が直接消費するようにできないか? → 日本は自治体がビジネスをやると赤字になりやすい。民間の小規模電力会社を作りたい(合原)→ シュタットベルケは民間並みの経営。天下りをしない(ラウパッハ)

Q and A

  • 九州で、電力が過剰になり自然エネルギーの出力抑制がなされたが? →原発をベース電源にするという政策のため。技術的には「ならし効果」があり出力抑制しなくても可能。
  • 日本はドイツより文化的に難しい面があるのでは? →言いわけと思う。再エネには、経済的な優位性もあるのに、日本は既得権益を守っている。中東の石油を何十兆円も買うのをやめて、仕入れゼロの太陽・風を利用すべき(ラウパッハ) →手段はあるので、行動すること(合原)
  • LEDを何万個も使うイルミネーションをどう思うか? →人間の活動が全体として自然の許容力を上回っているのを減らせば、許容力内でやりたいことはやればよい(合原)
  • メガソーラーによる環境破壊について →開発済みのところの有効活用策ならまだしも、森林を新たに開発しての設置は本末転倒。全国でかつての共有地だった牧野組合や財産区の土地に事業が進出している。環境に配慮している自然エネルギーを選んで買う、という意思表示をすべき。

参加者の感想 抜粋

「政府の方針より、地域でしっかりできるようにすることを学んだ。ドイツは人口が少ない村などが多く、自己決定能力が日本よりも高いように思ったが、日本社会でもいろいろな可能性があることがわかり、目が開けた思いがした」(松本市・50代・男性)

「ドイツと日本の違いに以前から疑問を持っていたが、今日の講座でその一端をうかがうことができた。海外の多くの地域で電力は上下水道と同様に自治体の事業になっており、松本市なり、長野県なりでもその方向を模索してもらいたい」(松本市・80代・男性)

「日本以外の国の自然エネルギーへの取り組みなどは知らなかったので勉強になりました。日本の再生エネルギーへの取り組みのこともほとんど知らなかったのでもっと知っていきたいと思いました。身近なことだし、未来につながることだから知って考えていきたいです。」(安曇野市・20代・女性)

「ラウパッハさんのお話は3回目ですが、政治的なことは聞いたことがなかったので新鮮でした。わざわざ飯田から来た甲斐がありました」(飯田市・50代・男性)

多くの方が熱心に聞いて、感想もたくさんお寄せ頂き、原発事故から7年経ってもエネルギー問題への関心が薄れていないことに少し安心しました。 一方、今回、行政の方が「原発をテーマの一部にする会には参加できない」などの理由で登壇や出席をされなかったことが、市民との対話を重視するドイツと対照的で、とても残念でした。 《記録:事務局 富取(第1部)・松尾(第2部)》

動画

第1部

第2部


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